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第1350号 沖縄への深い思い
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第1350号 沖縄への深い思い

******様
お元気でご活躍のことと思います。

『れいろう』2024年2月号の「日本の心を未来へ」で、
ジャーナリストの葛城奈海さんが沖縄と昭和天皇のことについて
述べていました。

  先人たちが文字通り命懸けで守ろうとした沖縄でしたが、
  戦後は昭和27年4月28日に日本が主権を回復した後も
  アメリカの統治が続きました。そんな中、祖国復帰運動が起こり、
  佐藤栄作内閣は「沖縄が返ってこない限り戦後は終わらない」
  として昭和47年5月15日、ついに本土復帰を実現させます。

  同日実施された沖縄復帰祈念式典には、昭和天皇と香淳皇后も
  ご臨席されました。昭和天皇は終戦から半年後の昭和21年より、
  復興にあたる国民を励ますために全国を回る巡幸を開始され、
  29年までに沖縄を除く46都道府県すべてを回られました。

  しかし、長くアメリカの占領下にあったこともあり、沖縄への行幸が
  なかなか叶わず、そのことを大変気にかけておられました。
  昭和62年にようやく行幸が決まったものの、翌年、重い病に
  かかられてしまい、結局は実現はしませんでした。

   思はざる 病となりぬ 沖縄を たづねて果さむ つとめありしを

  上の御製は昭和天皇が、その時のお気持ちを詠まれたものです。
  沖縄にどれほど深く思いを馳せておられたかが伝わってきますよね。

以上、引用でした。

以前にもこのメルマガで紹介しましたが、昭和63年9月に昭和天皇が
吐血され、病床にあった時、「もうダメか」と仰いました。側近の者は
ご自分の命が「もうダメか」と思われたそうですが、昭和天皇が
「沖縄はもうダメか」と再度、仰ったそうです。亡くなる直前まで、戦禍で
多くの県民が犠牲になった沖縄県のことを気にかけておられたことを
私たちは記憶に留めておく必要があるのではないでしょうか。


(文責 谷渕篤孝)
2024年3月5日(火) No.1308

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